国際就職のエキスパートが語る留学生就職 すべての企業がグローバル人材を求めている(後編) 「いまは幕末以来、2度目の開国を迫られている時代です」

「グローバルな人材が欲しい」──。企業はこぞって口にするが、それは一体、どんな人物像なのか。日本が抱える危機感と、次世代を担う希望であるグローバル人材について、長年グローバルキャリアカウンセラーとして活躍してきた伊庭野基明氏が語る。アメリカ、日本、中国の3カ国にわたり、留学生および海外駐在員の就職と転職に関わってきた同氏に、今の日本の状況はどう映るのか。

伊庭野 基明 Ibano, Motoaki
東京都生まれ。慶応義塾大学工学部管理工学科卒。日本IBM勤務を経て、ノースウエスタン大学ケロッグビジネス・スクールでMBAを取得。以後、20年近くにわたり、米国に居をおき、日本人留学生、MBA、海外事業経験者などのグローバル人材と、日本企業とを結びつける人材サービスに携わってきた。年に2回はひと月をかけて全米の大学を訪問する。認知マスター行動科学コーチ、グローバルキャリアカウンセラー、一般旅行業取扱い主任。M's Holding International Corporation (エムズ・ホールディング)代表取締役、ピースマインド社外取締役。

大学は変わり、日本人留学生の数は5年で10倍になる

いま、日本人留学生の数は激減していると言われています。若い世代が海外に出ず、内に籠もる傾向にあると言うのです。でも実は、これから5年間で日本人留学生の数はいまの10倍になります。というのも、劇的な変化が大学に起こっているからなのです。2004年に開学した国際教養大学は、就職率がほぼ100%ということで世間から注目されました。授業はすべて英語で行われ、欧米と同じく9月入学を導入。講師の4分の1が外国人だったり、図書館が24時間使用できたり、特徴はいくつもありますが、何よりも特筆すべきは、全学生に1年間の海外留学が義務づけられている点です。これは今後、日本の大学のモデルケースになるでしょう。

そしてようやく、東京大学でも秋入学が採用されることになりました。目的は、海外と交流しやすくするために他なりません。他の国公立、私立も後に続くと見られています。ガラパゴスから脱却するための第一歩です。後は、こうして世界を体験してきた若い学生を、日本企業がきちんと活かせるかどうかにかかっています。

アメリカと日本の大学の違い

ちょっと話が飛びますが、アメリカの企業が学生を採用するとき、日本とどんな違いがあるのでしょうか。もちろん、企業によってさまざまですが、多いのは紹介や新聞での募集です。大学のOBが後輩を引っ張ってくるというケースもよくあります。こう言ってしまうと身も蓋もないのですが、自立した人間ばかりが集まっていると、少しでも気心の知れた人を採用したいと思うようです。その上で、もっとも重視されるのが、大学で何を学んできたか、ということです。日本では面接のついでに聞かれるくらいで、それよりも人となりが知れるような、サークルやアルバイトなど課外活動に重点が置かれがちではないでしょうか。

アメリカの大学の学問は、実学から成り立っています。非常に実践的で、ビジネスに直結する内容がほとんどなのです。学生は、例えば会計学、統計学、マネジメント術など、専攻ごとにすぐに現場で通用する知識を学んできています。成績も重視されます。GPA(成績評価値)の高さが要求され、さらにインターンシップなどの経験を問われます。

日本人にとって羨ましいことに、アメリカの大学と地域の企業は、密接な関係を築いています。学部1年時から、実務に即したプログラムががっちりと組まれ、企業へのインターンシップも盛んです。企業からは講師として人が呼ばれ、大学側からは現場を知るために人が派遣される。人が滑らかに循環し、互いの情報を共有しています。4年で卒業する頃には即戦力として社会に出るためのトレーニングが、すっかり終わっているような状況なのです。

日本企業がいま以上に大学との連携を強め、学生たちを受け止めることができれば、日本の大学が大きく変わりつつある現状は、希望となるはずです。では、そうした大学にあって、グローバルな人材を目指す学生は、何をすべきでしょうか。

どうすれば“グローバルな人材”になり得るか

グローバル人材に必要な3つの要件についてはお話ししました。「マインドセット」は考え方のベースとなる感性ですが、日本人はここがたいへん特殊です。殻を破って心の目を開くためには、日本を外から見る経験が絶対に必要なのです。端的に言えば、外国人と接して、異なる文化や価値観に触れること。これは国内にいてもできなくはありません。外国人と話す機会は、その気になればいくらでもあります。でも、留学するのがいちばん楽な方法です。強制的に日本を出てしまえば、毎日が異文化との戦いですから。欧米でも中国でも、場所はどこでも構いません。そして行くだけでは意味がない、最低でも3ヶ月は、その国の人と生活します。人は、意識下の感覚で多くを学びます。ITは確かに自宅に居ながらにして世界とコミュニケートできるツールですが、バーチャルでなく、実際に肌で経験したことのほうが圧倒的に影響力を持つものです。ですから私は、学生の皆さんには、一度は留学することを強く勧めます。ヨーロッパのようにたくさんの国が地続きで、異文化交流が日常ならばともかく、島国である日本人にこそ、留学は必要なのです。

「留学前」「最中」「帰国後」がうまく噛み合うか

ただし、留学経験のある人が全員、グローバル人材になれるかと言えば、残念ながらそうではありません。私は、留学に行く前、行っている最中、帰国後、の3段階がうまく噛み合わなければいけないと思っています。留学前に準備すべきは、留学先よりもまず、日本を知ることです。グローバル人材であることは、日本人を捨てることではありません。日本人としてのアイデンティティは失うべきではないのです。海外に出るとわかりますが、周囲はあなたを“日本人”として見ています。あなたは日本の代表者として、自国の歴史や宗教観や文化を聞かれることになるのです。答えられなければ、周囲を失望させるし、見下されることにもなるでしょう。こちらから伝える内容を持たない人は、認めてもらえないのです。ですからまずは、自国を知って下さい。

留学中は、日本の良いところと相手の良いところ、どちらも認め、違いを見極めて折り合いをつけてください。完全にわかり合えることなどありませんが、理解して許せる部分、重なる接点を見つけて拡大していく努力をしてください。「私とあなたは違う」、その上で相互尊重ができるかどうか。ここを押さえられれば、いずれ多国籍な人材が集まる場でリーダーになっても務まります。

最後は、帰国後です。グローバルな視点で物事を見て、自分の頭で考えられるようになった後は、学生時代の自分一人のことからもう一歩進んで、社会との関わりまで考えるステージに来ています。日本企業の課題として「今まではこうしていた」という既成概念の見直しがありますが、グローバル人材には、疑問や改善点を発信していく勇気が求められます。日本固有の「言わなくてもわかる」から、明確に言語化、数字化して共通の認識を構築していくことになるのです。説得力のある発言をするためには、知識と経験の量が必要で、それはたゆまず積み重ねていかなければならないでしょう。でも、グローバル人材は、レジリエンス(弾力性)という、周囲の環境をしなやかに受け止め、咀嚼して対応できる潜在能力を持っています。この力が、幕末以来の危機を迎えた日本を導く鍵になるはずです。「世界の中の日本をどう舵取りするか」という、グローバル人材にとって、たいへん挑戦しがいのあるフィールドが広がっています。